大阪高等裁判所 平成8年(ネ)887号 判決 1997年11月27日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金三五六六万四五〇〇円及びこれに対する昭和六三年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、一、二審を通じてこれを五分し、その四を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。
理由
第一 判断の大要
一 小学校四年生であった控訴人は、課内クラブ活動で卓球を練習した後、児童四人で内折式の卓球台を収納するため折り畳んでいたところ、これが倒れて下敷になり傷害を受けた。
二 本件の主要な争点は、本件課内クラブ活動の指導教諭に過失があるかないかである。控訴人はこれがあるといい、被控訴人は、事故の原因が不明であり、卓球台の具体的危険は予見不可能であるなどとしてこれを争う。原判決は、通常の収納方法に従えば本件卓球台は容易に倒れる可能性がなく、その収納の際教師がこれに立会い安全に収納するように指導監督するまでの義務はない、控訴人ら児童が通常の用法に従って収納したとはいえず、異常な行動をとった可能性が否定できないなどとして控訴人の請求を棄却した。
三 当裁判所は、自ら本件卓球台(ただし、改良型)の存在する小学校体育館へ赴き、その操作を見ながら証言する証人の供述を聞き、各証拠を仔細に検討した。その結果、次の判断に至った。
本件クラブ活動は授業時間中のいわゆる課内クラブ活動である。しかも、本件卓球台は、背が低く非力な児童らにとってはかなり大きな扱いにくいもので、児童らだけで収納する際には転倒する危険を内在している。控訴人ら児童は通常の収納方法を取っていたもので、特に異常な行動をしていたとは認められない。このように課内クラブ活動に伴う必須の用具である卓球台に本来的に内在する一定の危険性がある以上、その危険に十分対処せず児童に収納を任せきりにした指導教諭に教育活動に伴う危険から生徒を保護すべき義務を怠った過失がある。それ故に、被控訴人は控訴人に損害賠償の責任があると判断する。その理由は以下のとおりである。
第二 事実の認定
一 原判決の引用
当事者間に争いがない事実及び証拠によって容易に認定できる事実は、原判決説示(原判決三頁七行目から九頁六行目)のとおりであるから、これを引用する。
二 当裁判所の判断
右引用にかかる認定事実及び証拠によると、以下のとおり認定・判断することができる。
1 控訴人らの体格
本件事故の起った昭和六三年二月当時、満一〇際(小学四年生)の男子児童の平均身長は約一三八センチメートル、平均体重は約三二ないし三三キログラムであった。控訴人は、当時、身長約一四六センチメートル、体重約三三キログラムであり、控訴人と共に本件卓球台を片づけていた北上田剛は、身長約一四四センチメートル、体重約三二キログラムであった。
2 本件卓球台
本件卓球台は、被控訴人補助参加人株式会社河合楽器製作所(以下「参加人会社」という)のKS--五二〇型(ただし、平成二年の一部改良前のもの)である。
本件卓球台は、原判決添付の別紙3のカタログ写真(ただし、右写真は平成五年版)のとおりのもので、長さ一三七センチメートル、幅一五二・五センチメートル、厚さ三センチメートルの木製天板二枚が、中央合わせ目において左右側面のスチール製の蝶番によって板面上面を内側にして折畳まれる構造(内折式)である。重量は一〇二キログラムであり、畳まれた後は、直径六センチメートルのゴム製のキャスター付のスチール製の脚(S脚)四脚によって直立する。直立した状態では、高さは床面から一五五センチメートル、相対するキャスターの間隔は標準で四八ないし六〇センチメートルである。平成二年の改良は、主にS脚の形状を変更して、立姿の状態でのキャスターの間隔を広げ、より安定性を増すために行われた。
3 本件卓球台の取扱いに関する注意事項
(一) 参加人会社は、本件事故以前から、内折式卓球台を取扱う際の注意事項を記載した取扱説明書を作成し、卓球台の天板裏に貼付するなどしていた。
右取扱説明書には、次のような趣旨が記載されていた。
(1) 卓球台は大きく、重たいので移動・設置・収納の作業は、児童・生徒などのお子さまだけにまかせないで下さい。
(2) 卓球台の移動・設置・収納は必ず二人で行って下さい。
(3) 開閉時に卓球台の下に入ったり、脚部の開閉機構部分に手足を入れることは大変危険ですのでお止め下さい。
(4) 設置・収納の際は、両方から同じ力で開閉し、半分くらい開閉したら手を持ちかえて、ゆっくりと開閉すること。
(二) しかし、本件卓球台には右の取扱説明書が貼付されていなかった。代りに「卓球台の開閉はかならず二人で行って下さい」などと記載された簡単な注意書きが貼付されていただけである。
4 小学四年生の児童らが本件卓球台を収納する際の安全性
(一) 本件卓球台は、重量が一〇二キログラムと重いものであるが、大人が二人でこれを収納する場合、卓球をするときと同様に天板の長手方向を挟んで二手に向い合って立ち、天板の端を逆手でもって互いの動きを見ながら引上げていくことになる。その場合、当初はやや重量がかかり、四五度くらいまで上がった位置でもやや力を要する。しかし、手を順手に持替えるころには、中央左右のスチール製の蝶番の作用で両方の天板が中央に引寄せられる感じになり、特に力を要せずに収納が可能である。キャスターのついたS脚は、右の動きに合わせてキャスターが自然に回転して中央に寄る仕組になっている。
(二) ところが、背が低く非力な児童がこれを収納するとなると、通常は、本判決五頁の図のように四人が天板の長手方向を挟んで二手に二人ずつ分れて収納することになる。その場合、大人二人で行う場合より、力のバランスやタイミングが取りにくくなる。さらに、児童は背が低いため、自然に天板の端を持って引上げる手を早めに逆手から順手に持替えたり、天板の裏を押したりすることになる。しかし、その段階ではまだ天板は引寄せられる状態に至っていないため、児童は天板を更にかなり強い力を入れて押す必要に迫られる。その際四人の力のバランスやタイミングが合わないと、キャスターの作用で卓球台全体が動いてしまう。それを止めようとして、一方の端を持つ児童が強い力で押止めたりしてその動きを止めるということも起りがちである。
また、強い力を入れて押上げている段階で、天板の端が目線を越えるため、反対側の端を押上げている児童の姿が見えなくなる。その結果、互いの動きを見ながらタイミングを合わせて天板を押上げていくということができずに、片方の児童が一方的に天板の上部を強く押すことも起りがちである。さらに、背が低い児童は、天板の端が頭上を超えたあたりで、どうしても、上がっていく天板の下に入り込む形になりやすく、天板の端を持ち上げるのではなく天板の裏側や桟を押すことになる。また、卓球台の左右横端にいる児童にとって目の前でキャスターが動くため、卓球台が内折れしてゆく機構がよく理解できないままにこれを止めようとしたり、足でキャスターを前方に押し、あるいは天板の桟に足を当てるというような動作をする可能性もある。特に、前示の図面でAB側の力が強すぎ、卓球台がキャスターごとCD側に動いてくると、これを止めようとしてCD側の児童がキャスターを押し戻そうとすることも十分考えられる。キャスターが順調に転がっている間は、卓球台にかかった力は逃げ場があるので卓球台全体が転倒するようなことはない。しかし、キャスターが押し戻されたり、CD側が天板裏の低い位置を押えているにもかかわらずAB側が依然として天板上部を強く押したりすると、AB側のキャスターは比較的容易に浮き上がり、卓球台はある範囲を超えると急速にバランスを失ってCD側に転倒するということが起り得る。
このことは、本件卓球台(改良型)を前にその操作をみながら証言した当審証人瀬崎の証言や甲第一六号証からも明らかである。
(三) 前項のような事態は、大人が二人で目線を合わせて卓球台を通常に収納する場合には、ほとんど考えられないことである。本件のような低学年の背の低い非力な児童が、相手方の動作を確認できないままに天板を一方的に押し、他方が卓球台の動きを止めようとしたりする場合に初めて起ることである。本件卓球台のメーカーである参加人会社は、大人が収納する場合を当然の前提としており、その場合の安全性を検討しただけで、背の低い低学年の児童がこれを収納する場合の安全性まで具体的に検討していなかった。そして、前示のような取扱説明書を作成して、卓球台は大きくて重いので収納等の作業は児童生徒などの子供だけに任せないように警告するにとどめていたのである。
しかし、背の低い非力な低学年の小学生にとって、本件卓球台は、立姿においては自らの背の高さをかなり上回る高さがあり、重量も一〇〇キログラムを超え体重の三倍以上もある大きなものである。また、内折式の機構自体も直感的に理解しやすいものとはいえない。したがって、低学年児童の目線で見た場合、それは極めて大きな、扱いにくいものである。そのため、児童だけにこれを取扱わせた場合には、前示のような事態が起りやすいことは、その動作を注意深く観察すれば、容易に見て取れる。ちなみに、原審での検証の際に行われた三回の実験の検証ビデオには、三回が三回とも二人あるいは一人の児童が向側に傾斜していくのをキャスターの上に足を乗せて手前に引き寄せるようにしながら収納している様子が映し出されている。
5 本件事故の態様
(一) 本件事故がどのようにして起ったのかは、被控訴人もいうとおり、本件証拠上必ずしも具体的にその詳細な経過が明らかであるとはいえない。被害者である控訴人は、事故時の記憶を失っている。そこで、控訴人は、被控訴人に対し、事故の直後に学校長名義で作成された教育委員会に対する報告文書や事故当時の関係児童などからの聞取りの内容に関する報告文書類の提出を求めた。しかし、控訴人の強い要請にもかかわらず、被控訴人は、原審段階ではこれらの文書類の提出を拒否した。そのため、原審では、これらが参照できないまま関係児童である北上田剛や卓球部顧問の橋戸貴子及び担任教師の川越喜美子の各証人尋問が行われた。右尋問は事故後六年以上を経てなされたものである。それにもかかわらず、前示文書の開示がないため、事故直後の聞取りの内容などとの対照やこれによる記憶喚起がなされずに終っている。その結果、北上田証言は事故の経過について大要を証言するにとどまり、川越証言は事故直後の児童からの聞取りの内容に関しては具体的な記憶がないとの証言に終始している。橋戸証人は事故直後の状況しか目撃していないと証言した。
なお、本件事故直後の警察の実況見分の結果によると、本件卓球台及び体育館の床面に物理的な損傷などはなかったことが明らかである。その他の供述調書などは提出されていない。
(二) 当審に至って、乙第六ないし八号証が提出され、これによって、ようやく当時の学校長名義の報告文書の内容及び事故直後になされた事故概要の報告の一部が明らかになった。それによると、次のことが分る。
事故当日の報告では、「本件卓球台を使用していたグループは六人で、その内三名はネットの片づけをし、卓球台は控訴人と外の児童二名の三名で片づけかけ、折曲げるときに控訴人の方に倒れた、卓球台の倒れるのを見た橋戸教諭が急いで現場に行った。」という内容になっていた。当日の警察の現場検証や事情聴取及び新聞発表も、同様の内容になっている。
しかし、翌日午前中に児童に聞取りをしたという内容は、別の報告書で次のように報告されている。
卓球台を片づけていた児童は控訴人を含めて四人であり、その位置関係は、原判決添付の別紙図面2のとおりである(本判決五頁の図面のAの位置に赤坂、Bに北上田、Cに控訴人、Dに藤本)。控訴人と北上田が卓球台を上げかけていたところへ赤坂と藤本が手伝いに入った。赤坂は「手伝いに入って押したら上がったからやめた。」と述べ、藤本は「少し押したら、向うから台が倒れてきたので横へ逃げた。」と述べた。北上田は「押したら、向う側の台の上がり方が悪かったので、やめようとしたけれど、倒れていったので止めようとして鉄棒(足の横棒)を引張ったが止められずに倒れていった。」と述べた。横にいた教師らは倒れた後の状況を見ており、既に横へ逃げていた藤本については確認していなかった。そのため前回報告では三人で片づけていたとなっている。
以上のような報告書が作成されていたのである。
ちなみに、北上田は、後日、父親に対し、いつもは上の方まで台を押上げたら楽に上まで閉じるのに、この日は閉じないので台が故障したのか、向うが上げないようにしているのではと思った旨を述べている。
(三) そこで、(二)の各報告書と陳述の内容及び4の検討結果並びに後記摘示の各証拠を総合すると、本件事故は、次のようにして起ったと推認できる。本件において、他にこれを左右するに足る証拠はない。
(1) クラブ活動の時間が終り、北上田が前示図面のAB側に、控訴人がCD側に立って二人だけで卓球台を折畳みだした。途中で、赤坂がAの位置に手伝いに入り、藤本もDの位置に手伝いに入った。
(2) 重い卓球台を二人で畳むのは無理で、途中から手伝いが入ったことや、あるいは逆手から順手へ持ち替えるタイミングが合わなかったことなどが重なって、両側の力のバランスがとれず、キャスターがCD側に動いた。そこで、CD側の誰かがその動きを止めようとしたか、あるいは、AB側に押し戻した。また、その時は既に天板の端は児童の目線を超えていたので、児童は互いに相手方の状況を確認することができないままに、AB側は天板の上部を強く押し続け、CD側はこれに抗してキャスターを止めていた。
(3) そのため、AB側のキャスターが浮上がり、CD側のキャスターがAB側に滑るなどして、本件卓球台は急激にバランスを失い、北上田が脚を引張って止めようとしたが及ばず、CD側に転倒した。
(4) 藤本は卓球台が転倒する気配を察して卓球台から手を離して横に逃れた。しかし、控訴人は逃れ遅れ、卓球台の下にうつ伏せになる形で転倒した。
(四) このようにして、控訴人を含む四人の児童は、特にふざけたり異常な行動をしたわけではないのに、本件事故が生じたものと推認できる。原判決は、児童らが異常な行動をとった可能性などが否定できないとしているが、前示の事故直後の各報告書やその際の児童らの説明及び北上田の供述などには、それを窺わせるものは何もない。右児童らの説明は、虚言ではなく真実な供述であると考えられる。
第三 検討
一 クラブ活動担当教師の注意義務の懈怠について
1 公立学校の教師は、公権力の行使にあたるものとして、教育活動から生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために、常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものである。本件のクラブ活動は、福西小での授業の一環として行われていたのである。それ故、担当教師である橋戸教諭及び藤木教諭が、右のような義務を負っていた。被控訴人は、指導教諭には児童に卓球台を扱わせる場合に必ず立会の上安全を確認し危険のない方法を指示すべきであるとか、児童のみで卓球台の開閉を行わせないようにすべき注意義務はないと主張している。そして、本件事故は全く突発的な事故であり予見不可能な事故であって指導教諭には過失がないという。なるほど、課外のクラブ活動で生徒間の喧嘩などの突発事故である場合には、その事故の発生を具体的に予見することが可能なような特段の事情がない限り教諭の過失を認めることができない。しかし、本件は課外のクラブ活動ではなく突発的事故でもない。授業の一課程である課内のクラブ活動であり、卓球台の転倒事故は以下のとおり卓球競技に必須の用具である卓球台の収納に本来的に内在する危険によるものである。
2 本件卓球台は、前示のように、立姿においては小学四年生の平均身長を相当上回る高さがあり、重量も一〇〇キログラムを超えている。背が低く非力な児童にとっては、かなり大きなものである。折畳む場合にも天板が児童の目の高さを超えて以後は相手方の動きを見ながらこれに調子を合わせて操作することができない。また、内折れ式の機構自体が児童に直感的に分りやすいものとはいえない。このように、本件卓球台は、背が低く非力な児童にとってかなり大きく扱いにくいものであり、その開閉や収納及び移動などを児童のみに行わせることは、それなりに、危険を伴うものということができる。現に、メーカーは、収納作業は児童だけにまかせないよう取扱い上の注意を促しているのである。したがって、これを児童に取扱わせるにあたっては、児童のみに任せきりにすることなく、指導教諭は、予め、取扱説明書や実地の操作実験などによりその危険性を種々の角度から十分検討して認識したうえで、安全な指導と管理のもとに行い、事故の発生を防止するために必要な措置を講ずべき注意義務があったというべきである。
3 しかしながら、同教諭らが本件卓球台の取扱いについて児童らに注意したことは、実際には、前示引用にかかる原判決事実摘示の被控訴人主張のような事項(原判決二二頁三行目文頭から二三頁五行目文末までの事項)にとどまっていた。また、その指導も右注意事項に応じて同主張のような内容(同頁六行目文頭から一〇行目までの内容)にとどまっていた。右の注意内容は、主に重量のある本件卓球台をキャスターで移動する際の衝突等の危険に対応するものである。卓球台を畳むときの注意としては、「両手に平等の力を入れて、呼吸を合わせて持上げること」という抽象的なものにとどまっている。しかし、本件卓球台を背の低い非力な児童が折畳む際に生じやすい事態は、前示認定のとおりであり、一方が卓球台の移動を止め、他方が相手方の動きを見通せないまま卓球台の上部を強く押したりすると、一方のキャスターが浮上がり、卓球台がバランスを崩しやすい。このような危険は、大人が取扱うことを前提としていたメーカーの側から具体的に警告されていたとはいえないかもしれない。しかし、小学校の教師として、実際に児童にこれを操作させてその様子を注意深く観察してその危険性の有無、程度を吟味したならば、右のような可能性は比較的容易に見て取れる。もっとも、甲第五号証の四の取扱説明書は、なぜか本件卓球台には貼付されていなかった。しかし、担当教師は、製品に通常添付されているメーカーの取扱説明書に関心を払うべきである。そして、この取扱説明書がなければ取寄せるなどして卓球台の取扱い方を検討しようとしたならば、メーカーが児童・生徒などの子供だけに本件卓球台の取扱いを任せないように警告していることを知ることは、容易であったと考えられる。
このようにみてくると、指導教諭が本件卓球台を低学年の児童に取扱わせるに際しては、もとより、これらの危険について具体的に注意を与え、それに対処する取扱いの方法を分かりやすく具体的に指示して遵守させるのが当然のことである。それのみならず、指導教諭は、右収納に立会いその管理の下に児童に卓球台の折り畳みを行わせ、場合によっては自らも適宜の措置を取り事故の発生を防止すべき注意義務を負っているというべきである。
4 ところが、前示担当教諭らは、児童らに前示のような危険について具体的に注意することなく、かつ、これに対応する取扱い方法を分かりやすく指導、訓練して、その安全性を確認することをしていない。しかも、本件卓球台の収納に立会わず、これをグループの児童に任せ切りにして、自ら危険を未然に防止すべき義務を怠っている。本件事故当時、藤木教諭は職員室におり、橋戸教諭は他のグループの後かたづけを指導していて、本件卓球台のグループに背を向けていた。その結果、前示のような本件事故が生じたのである。そうしてみると、前示担当教諭らには、職務を行うについて過失があったといわざるを得ない。
ちなみに、被控訴人は他に本件のような事故の報告がないことを強調して、本件事故を予見することは困難であったと主張する。しかし、前示のような担当教諭の注意義務は、過去にそのような事例がないことによって免れうるものではない。また、そもそも、担当教諭らが、本件卓球台の取り扱いを児童らに任せるに際し、過去の事例を調査してその安全性を確認したとの事実もない。事前に児童らの操作を注意深く観察し、検討すれば、危険性の予見が可能であったことは前示のとおりである。したがって、被控訴人の右主張は採用できない。
二 控訴人の損害について
前示の当事者間に争いがない事実及び前示原判決の引用による認定事実(原判決八頁三行目文頭から九頁三行目文末まで)並びに証拠(甲一〇、一五、法定代理人沖本、控訴人本人)によると、控訴人は本件事故により次のとおりの損害(合計三五六六万四五〇〇円)を被ったことが認められる。
1 入院付添看護費 一八万四五〇〇円 4,500円×41日=18,4500円
2 逸失利益 二七三八万円
平成八年度賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の初任給の平均賃金額 年額二四四万四六〇〇円
本件事故時である一〇歳に対応するホフマン係数 二〇・〇〇六
後遺症は少なくとも自賠責別表の七級に該当し、約五六パーセントの労働能力を喪失したものと算定される。
2,444,600×20.006×0.56=
27,387,733(一万円未満切捨て)
3 慰藉料 一〇〇〇万円
傷害及びその治療過程に対応して二〇〇万円
後遺障害に対応して八〇〇万円
4 損益相殺(控除額) 五九〇万円
日本体育・学校健康センターの災害給付金
5 弁護士費用 四〇〇万円
三 まとめ
以上によると、その余の点について検討するまでもなく、被控訴人は控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき金三五六六万四五〇〇円を賠償する義務がある。
第四 結論
以上の次第で、控訴人の被控訴人に対する請求のうち三五六六万四五〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年二月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求は理由があり、その余の請求は理由がない。
よって、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 杉江佳治)